〜敦君の紅緋色い自転車シリーズ ・ 敦盛 自転車直し隊編 4 〜
ここは川崎市にある有限会社・岡自動車整備工場の一室。
「ありゃあ、ぜったい『女』だな」
朝飯時に突然、父さんがそう切り出したもんだから、思わず俺は味噌汁をこぼしそうになったじゃないか。
「あたしもそうに違いないって思うのよぉ」
母さんも妙にテンション高く同意してる。
兄ちゃんに彼女が出来た!?
朝食に兄ちゃんはほとんど起きてこないから、こんなふうに好き勝手言えるんだろうけど。
にわかには信じられないよ。何でいきなり『女』?
「変な女に引っかかってんじゃ無けりゃ良いんだけどねぇ」
兄ちゃん『が』引っかかる?
『兄ちゃんが引っかける』の間違いじゃん。
に、しても、そんな根性あるのかな? ま、あり得ないんじゃん。
「バァカか、お前ぇ。世間様から見りゃぁ、うちの龍太の方が十分に変なんだよ」
父さんと母さんが何度、高校に呼び出られたことか。
母さんに泣かれて、何とか卒業だけはしたけど、さ。
父さんと大喧嘩になって、暴走族にだけは入らないって約束したことになってるけど、
兄ちゃん、ホントはすげぇビビラーだから、絶対そんなおっかない集団になんて入らないと思ってたぜ、俺。
ま、兄ちゃんの見てくれが厳ついから、弟の俺は、小、中ともガッコでいじめられなかったとも言える。
だから、助かったっちゃぁ助かったんだけどさ、「お前の兄貴ってさ」と友達から言われるの、すごく嫌だった。
「あいつが、マンガじゃねぇ、『ミュージックなんとか』ってぇ文字ばっかの雑誌、読んでんだ。
一昨日なんざぁ、自動車整備工のテキスト読んでたんだぞ。
『変な女』なんて言ったらバチが当たるってもんよ」
女ねぇ。あ! この前、電話がかかってきた」
「お、女の人からかい?」
「あいつの携帯じゃなく、家電にか?」
やべ、思わず声に出しちゃった……。
「どうなんだい!?」
「……確か、『ありさ』とか言ってた」
「ありさ……」
両親そろって「ありさ」なる女性を想像してるのは分かるけど、思い浮かぶもんなの?
「どんな感じだった」
「どんなって?」
「そりゃ、お前。はすっぱな感じとか、おっとりした感じとか」
「取り次いだだけだから。……あえて言えば、年上じゃないかな、声の感じからすると。
あとは……、そうだなぁ……、すっごくパキパキした話し方だった」
「パキパキ、……ね」
「年上かぁ……」
「後は、防錆材と軍手と、消臭材も幾つか買っとくか」
そんな気分で店内を物色していると、視線の端に見慣れた姿が横切った。
「お? 龍太の野郎、こんなDIYの店に何の用だ? おい! 龍t…」
息子に声をかけようとした途端、その息子の後ろに付き従う美少女が眼にとまり、慌てて物陰に隠れてしまった。
(お! あの娘が『ありさ』……だったか。なんか名前とは、えれぇ感じが違うなぁ。
名前からすっと、もっとこうイケイケな感じかと思ってたけどなぁ。
どうしてどうして、芸能人やアイドルなんざぁ裸足で逃げ出すような正統派の美少女じゃねぇか)
「あとは、そうだな……、変速機やブレーキなんかに注すオイル、だな」
「『おいる』? 油のことだろうか?」
(へぇ〜、しっかし、あの龍太がねぇ。驚いたねぇ。
女の子なんてまったく縁が無ぇと思ってたけどなぁ。
いやいや、ちゃんと話、してるじゃねぇか。たいしたもんだ)
「ってぇ感じで使うから、余計なところに油が付かなくてよ、ふき取りの手間が省けんだよ」
「ああ、それは面倒がなくて良いと思う。やはり岡殿は整備の専門家なのだな」
「よせやぃ、煽てんなよ。
そっちこそ、チャリのメンテナンス用品買いに、よくまぁ川崎まで来たもんだぜ」
「それは、こちらに伺えば岡殿直々に御教え願えると、お聞きしたので」
(花菜ちゃん……、何でそんなこと言ったのさぁ……)
(野郎、いい雰囲気じゃぁねぇか。がんばれ龍太。
歳の頃は17〜18歳ってところか? あれ、慎太は年上って言ってたけど……、
まぁ、女の年齢なんざぁ電話の声だけじゃ、高校生の慎太にゃぁ分からねぇんだろうな)
「助かった。本当に礼を言う。
私には、マウンテンバイクの補修用品などまったく分からず、途方に暮れていたのだからな」
「ま、まあ、知り合いが困っていたら手ぇ貸してやるのが『男』ってもんよ」
(ホントは花菜ちゃんの言ったことだからな)
「恩にきる」
(それにしても、見れば見るほど別嬪さんだねぇ。母さんも連れてくりゃぁ良かったかな。
に、しても野郎が最近自動車修理に興味持つようになったのぁ、彼女さんのおかげかい。
返す返すもありがたいじゃねぇか。……龍太、フラれんなよ)
遠目には、息子の買い物籠に入っているメンテナンス用品が、自転車の物だと分からなかったのは、
父親にとって幸いだったのだろうか。
父親は息子に見つからないように、彼らがいる所からは遠く離れたレジにこっそりと並んだのだった。
「見た見た、見ちゃったよ俺」
「何を見たんです?」
「慎太が言ってた」
「龍太の彼女!」
「って言うか、二人で買い物してるところ」
「本当なの! で、どんな感じの娘だったの?」
「それがよぉ、慎太の言ってたのとは随分違っててよ」
「『ありさって言う歳上のパキパキした感じ』っていうのがですか」
「ありゃぁ『ありさ』っていうより『あゆみ』とか『あかね』とかって感じだ」
「どういう感じなんですか?」
「お前にも見せたかったなぁ。ずっげぇ美少女、スラっとしててスッとしてて、
眼なんかこう、龍太の倍くらいあって、
すっげぇ白い肌が透き通るようなってなぁ、あぁいうのを言うんだろうな、
もぉ、とにかく、テレビでもめったに見かけねぇくれぇの、すっ〜〜ごい美少女!」
「お父さんが興奮するくらい可愛い娘だったのは分かりましたけど、
なんだか、かえって実感が湧かないわぁ」
「お前ぇだって実際に見てりゃあ、そんなに落ち着いちゃぁいられねぇって」
「だって、そんな美少女が、うちの龍太と……、ですか??」
「だから、それこそk」
居間でそんな話をしている二人の前に、話題の主の龍太が真面目な顔で座った。
「龍太、どうしたの?」
「ちょうど、お前ぇの噂をしてt」
「お父さん!」
そんな両親の話など耳に入らないかのように、龍太は突然、正座した。
「龍太! どうしたの!?」
「お前ぇ、どうしたんだ!?」
「親爺、御袋、……、話があるんだ。こっちに座ってくれ」
「龍太、何だ? 改まって」
(ま、まさかお前、家ぇ出て彼女と暮らすとか言い出すんじゃねぇだろうな!)
「何よ、そんな顔しちゃ……」
(あああ、龍太。可哀想に、やっぱり彼女にフラれちゃったのね。
! それとも、付き合ってるってこと自体があんたの勘違いとかで……)
「あの……よ、頼みがあるんだ」
(やっぱり同棲するっていうのか!)
(や、やけになっちゃ、だめよ!)
「俺、さ」
(やっぱりここは相手の親御さんのこともあるから、彼女に一度会ってから)
(女の子なんて、人口の半分がそうなんだから。もっといい出会いがいつかあるから)
「自動車整備の専門学校に行かせてくれねぇか」
「まず彼女と会って話を……え? 今、何て言った!?」
「焦らずに次の出会いを……え? 専門学校!?」
12/08/29 UP